滋賀県草津市
歌川広重「東海道五十三次・有田屋版」の「草津」がデザインされている。(参考: 滋賀県文化振興事業団、滋賀ガイド!)
こちらの蓋には東海道と中山道の道しるべ、「追分道標」がデザインされている。草津宿は中山道が東海道に合流する地点にあたり、東海道では日本橋から数えて52番目、中山道では68番目の宿場になる。
こちらはその東海道と中山道の分岐点に設置されている大きな蓋。慶長七年(1602年)とあるが、これは江戸幕府が中山道の街道整備に着手した年号だ。
現在の東海道と中山道の分岐点に当たる地点。写真右が東海道伊勢方面、写真手前が東海道京方面、写真奥が中山道に通じる。この周辺にはカラフルな蓋がたくさん設置されている。
実物の「追分道標」と、それをデザインした蓋とのツーショット。橋や門などの建築物をデザインした蓋は多いが、このように同じフレームに収めることができる機会はなかなかない。
写真左奥にトンネルが見えるが、このトンネルは川底が周辺の地面よりも高い天井川であった旧草津川の下を通っている。江戸時代にはこのトンネルは無く、草津川を越えて中山道に入ったのだそうだ。
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「追分道標」は文化13年(1816年)に設置されており、火袋より下の部分は当時のままなのだそうだ。現在の火袋がいつ交換されたものなのかは不明だが、よく見ると蓋にデザインされている火袋と実物の火袋とでは、その向きが逆になっている。仕方がないので、この写真では蓋の画像を左右反転させて実物の道標の写真に重ねている。(ぐりぐり写真: 写真にマウスカーソルを乗せると画像が変化)
「草津宿本陣 田中九蔵家跡」を案内する側溝の蓋。旧草津宿周辺には、このような名所案内の蓋も設置されている。
こちらがその草津宿本陣。現存する本陣としては日本最大規模なのだそうで、国の史跡に指定されている。
「三度飛脚取次処 荒物屋九右衛門家跡」を案内する蓋。
「脇本陣 藤屋与左衛門家跡」を案内する蓋。この種類の蓋は探せば他にも出てきそうだったが、突如大雨に降られたため探索は断念した。
さらに市の花「アオバナ」がデザインされた仕切弁の蓋。
「纏」がデザインされた消火栓の蓋。これらの蓋も旧草津宿周辺で見ることができる。
こちらは草津市内に普通に設置されている蓋。立方体は高層建築物をイメージしているのだそうだ。
他に比較的珍しい蓋として、「草津市管工事協同組合」の銘が入った蓋を挙げておく。左の蓋に入っている紋章は市章だが、右の蓋に入っている紋章の詳細は不明だ。「草」の字を図案化しているように見える。現在の草津市の市章は昭和29年に制定されているので、旧市章というわけではないようだ。(それほど古い蓋には見えない)
旧草津川。先にも書いたが、かつてここに流れていた草津川は天井川で、川の下にトンネルを掘って通路としたり、鉄道(東海道本線)を通したりしていた。災害が多かったため2002年に治水事業を行い、現在では水は流れていない。
草津駅。東海道本線と草津線の駅で、草津線ではこの駅が起点になっている。駅前は、草津宿をイメージした造りになっている。
草津というと群馬県にある草津温泉が有名だが、ここ滋賀県の草津にも草津温泉を見つけた。こちらは銭湯とのことだった。
関連リンク
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●滋賀県草津市(駅からマンホール:2009/03/26)
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