幕末最初の開港場 ~ 静岡県下田市


静岡県下田市

静岡県下田市
 
「黒船」がデザインされている。車輪部分には下田市の市章も入っている。前回の記事では単色で彩色された蓋しか見つけられなかったが、多色刷りの蓋もあるらしいとの情報を得たので探してきた。
 
 
 

静岡県下田市

汚水桝の蓋にも「黒船」。車輪(市章)が相対的に大きくなっている。
 
 
 

静岡県下田市

こちらは亀甲模様の地紋の蓋。この蓋に入っている市章は「黒船」の車輪の市章と同じ形をしている。
 
 
 

静岡県下田市

東京市型地紋の蓋。この蓋に入っている市章は、花びらのような外周の形状とその中に入る丸の大きさとが異なっている。こちらの方が正式な市章に近いようだ。
 
 
 

静岡県下田市

丸と直線だけで構成されたような形の市章が入った蓋もあった。結構いい加減だ。
 
 
 

リゾートドルフィン号

下田まではこの列車に乗ってやって来た。伊豆急行2100系「リゾートドルフィン号」。伊豆急といえばこの色という、オーシャングリーン/ハワイアンブルーの塗装。この塗装の100系/1000系列車にはよく乗っていたので、物凄い違和感を感じた。
 
 
 

伊豆急下田駅

伊豆急下田駅。伊豆急行線の終着駅。駅前には、蓋にもデザインされている黒船「サスケハナ号」の模型も設置されている。一昨年の大河ドラマの影響か、模型の前には小さな坂本龍馬の像(龍馬くん地蔵)も設置されている。
 
伊豆急行線の駅名で「伊豆急」の名を冠するのはこの駅だけだが、恐らく昭和36年の開業時に既に東北本線の下田駅があったためではないかと思われる。
 
 
 

玉泉寺

しばらく歩いて玉泉寺に到着。初代アメリカ総領事館が置かれ、その経緯から国の史跡に指定されている。
 
 
 

弁天島

玉泉寺近くの弁天島は、黒船への密航を企てた吉田松陰と金子重輔が身を潜めていた場所だ。「吉田松陰踏海の企跡」として市指定の史跡になっている。「島」といっても陸続きだ。
 
 
 

弁天島

弁天島の風景。最初に密航を試みた際は波に阻まれ、それから二日間この辺りに潜み、再度密航を試みたのだという。松陰は当時23歳。密航は失敗に終わるが、この行為は英雄的行為として欧米に伝えられ、当時の日本人観を変えたとも言われている。
 
 
 

踏海の朝

そりゃ、失敗するかもしれん…
黒船に行き着く前に捕えられるかもしれんし、
アメリカ人に乗船を拒まれるかもしれん…
それでええんちゃ!
何もせんでおる事より、
その方が何千倍、何万倍も値打ちがある!
(† 名言ソーシャルネットワークFeshから引用)
 
 
 

遊覧船「黒船サスケハナ号」。海上保安庁の船も何隻か見える。遊覧船の資料は見つからなかったが、目測では全長凡そ30m程度だ(船に乗っている人との比で推測)。もちろん本物のサスケハナ号(78m)よりは小さいが、本物の黒船もこの遊覧船を数倍大きくした程度の大きさだ。
 
 
 

龍馬志の像

大河ドラマに便乗して設置されたのか、ここにも坂本龍馬の像があった。ややメタボ。
 
下田と龍馬との繋がりは、龍馬の師匠である勝海舟が前土佐藩主の山内容堂に、龍馬の土佐藩脱藩の罪の赦免をここ下田の宝福寺で願い出たということらしい。この時龍馬は町の旅館で待っていたのだそうだ。て、あんまり濃い関係では無いような気もするが、きっとツッコミを入れてはいけないのだろう。
 
 
 

ギラリ

稲生沢川を渡って下田港沿いの道に出ると、見慣れない蓋に出くわした。日光を反射してギラリと光っている。筆者は最近まで、こういった反射の強い向きから蓋の写真を撮ることはしなかったのだが、鉄蓋鑑賞において「ギラリ」というジャンルが確立されたことにより、今ではキャッキャッしながら撮っている。
 
 
 

中新川広域下水道

中新川広域下水道
 
さて、この見慣れない蓋だが、はるばる富山県からの越境蓋で、中新川広域下水道のものだ。構成団体である上市町、立山町、舟橋村の花、「リンドウ」、「キク」、「サツキ」がデザインされている。
 
 
 

茨城県稲敷郡河内町

茨城県稲敷郡河内町
 
少し歩くとまた越境蓋。こちらは茨城県河内町の蓋で、町の花「アジサイ」がデザインされている。
 
 
 

茨城県那珂市

茨城県那珂市
 
もう一枚越境蓋。こちらも茨城県からの越境で、同県那珂市の蓋だ。デザインは、2005年1月21日に瓜連町を吸収合併する前の那珂町時代の町の鳥、「キジ」を用いているようだ。なお、合併後の那珂市の市の鳥には「ハクチョウ」が指定されている。
 
 
 

龍馬くん地蔵

駅前にもあった「龍馬くん地蔵」。市内の7ヶ所に設置されていて、それぞれポーズが違うのだそうだ。
 
 
 

ペリー上陸記念碑

ペリー上陸記念碑。日米和親条約締結により即時開港となった下田に、ペリー艦隊の乗組員が初めて上陸したのがこの地なのだという。
 
 
 

開国記念碑

下田公園に入ると開国記念碑があった。ペリー提督とハリス領事のレリーフ像とそれぞれの言葉が刻まれている。
 
 
 

カーター大統領来日記念碑

下田に初めて訪れた合衆国大統領、カーター大統領の記念碑もあった。ジミー・カーターの記念碑なんて世界中探してもそんなに数は無いような気がする。
 
 
 

下田公園からの眺望

下田公園からの眺望。下田市街を一望できる。尖がった特徴的な形の山は「下田富士」と呼ばれていて、高さは約180m。数ある御当地富士のなかでも最も低い山なのだそうだ。
 
 
 

下岡蓮杖

下岡蓮杖の碑。ハリスの通訳、ヒュースケンから写真術を学ぶなどした日本営業写真の祖で、日本人初のプロカメラマンなのだそうだ。
 
 
 

ペリーロード

下田公園を抜けるとペリーロードに着いた。風情ある街並みが続く。
 
 
 

長楽寺

ペリーロードの脇に入ると長楽寺に出る。小坊主の看板が何ともいえない。日露和親条約が調印された地なのだそうだ。
 
 
 

了泉寺

了泉寺。ペリーロードはこの了泉寺の参道にあたる。ペリーと幕府との交渉場所がここだったのだそうだ。
 
 
 

宝福寺

宝福寺。ハリス領事との縁で有名な唐人お吉の菩提寺で、前述した通り勝海舟が龍馬の脱藩の罪の許しを願い出た地でもある。看板には龍馬が描かれ、龍馬の像も立っているが、数年前に来たときには唐人お吉だけだったような記憶がある。
 
 
 

稲田寺

伊豆急下田駅近くまで戻り、稲田寺。椿と河津桜が綺麗だ。
 
 
 

今回掲載した蓋のマップ。蓋の画像をクリックするとマンホールマップに連携する。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●静岡県下田市(駅からマンホール:2008/05/11)