‘東京都’ カテゴリーのアーカイブ

日本の鉄道発祥の地 ~ 東京都


東京都

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「1号機関車」(国鉄150形蒸気機関車)がデザインされており、「街と川きれいに保つ下水道」の標語と都章が入っている。
 
 
 

東京都

こちらの蓋には「馬車鉄道」がデザインされている。これらの蓋は有楽町駅付近から新橋駅付近にかけての線路沿いの道に設置されている。
 
 
 

国鉄150形蒸気機関車東京都

明治5年、日本で最初の鉄道開業に際してイギリスから輸入された「1号機関車」の写真。蓋の図案とそっくりだが、写真は左右を反転している。(† Wikipediaより取得し加工。出典:『鉄道80年のあゆみ 1872-1952』1952年、日本国有鉄道総裁室発行、利用許可:パブリックドメイン)
 
 
 

東京鉄道馬車図東京都

こちらは1971年発行、国際文通週間の切手。原画は江戸末期から明治時代にかけて活動していたとされる浮世絵師、歌川芳邨の作品で、「東京鉄道馬車図」を使っている。蓋の図案も、この「東京鉄道馬車図」を基にしているようだ。日本で最初の馬車鉄道は、明治15年に開業した日本初の私鉄でもある東京馬車鉄道で、新橋と日本橋の間を結んで営業を開始したという。
 
 
 

旧新橋停車場 鉄道歴史展示室

新橋駅近く、旧新橋停車場・鉄道歴史展示室。明治5年に日本で最初の鉄道駅として開業した新橋駅(新橋停車場)は、大正3年に東京駅が開業されるまで長らく東京のターミナル駅として機能しており、その跡地は1996年に国の史跡に指定されている。その後2003年に、開業当時の駅舎を再現した「旧新橋停車場」が建てられている。(† Wikipediaより取得。作者:Dddeco、利用許可:GFDL)
 
 
 

SL広場

現在の新橋駅前、SL広場の風景。C11形蒸気機関車が静態保存されている。旧新橋駅は大正3年の東京駅開業時に貨物駅となり、汐留駅へ改称されている。現在の新橋駅の前身は明治42年に開業した電車専用駅の烏森駅で、同じく大正3年の東京駅開業時に現在の新橋駅へ改称されている。
 
 
 

出世の石段

新橋駅近く、愛宕神社の「出世の石段」。愛宕山の標高は26mで、自然に形成された「山」としては23区内で最も高いのだそうだ。ただ、23区内にはこの山より高い位置にある台地(武蔵野台地)も広がっており、決して23区で最も標高が高いわけではない。
 
 
 

出世の石段

「出世の石段」を上から見ましたの図。急な傾斜で結構怖い。
 
 
 

出世の石段

「出世の石段」の名前は、講談「寛永三馬術」の曲垣平九郎の故事に因んでいる。三代将軍徳川家光のリクエストに応え、馬で石段を往復して出世した人なのだそうだ。
 
 
 

愛宕神社

愛宕神社には、勝海舟と西郷隆盛がここで会談して江戸城の無血開城を成し遂げたとの逸話も残っている。
 
 
 

浅野内匠頭終焉の地

忠臣蔵の発端、浅野内匠頭が切腹をした一関藩主・田村右京太夫の江戸屋敷も、現在の新橋駅近くに位置していた。「浅野内匠頭終焉之地」の石碑があったのだそうだが、環状2号線の工事のため撤去されていた。工事完了後にはもとに戻されるとのことだった。
 
新橋駅周辺は、今も昔も江戸・東京の中心となっているようだ。
 
 
 
関連リンク
  ●東京都(駅からマンホール:2010/11/19)
  ●東京都(港湾局)(駅からマンホール:2010/11/03)
  ●東京都(消火栓)(駅からマンホール:2008/12/05)
  ●東京都(測量点)(駅からマンホール:2008/03/08)
  ●時は歩数なり ・・・ウォーキング激励ブログ+[マンホール図鑑]さん
  ●鯛の尻尾を奪い取れさん
 



東京都狛江市


東京都狛江市東京都狛江市

東京都狛江市
 
新東京百景のひとつに選定されている「多摩川五本松」と、多摩川の川辺に佇む「コサギ」がデザインされている。
 
 
 

エヌイチ

蓋の上部、蝶番の部分をよく見ると、長島鋳物㈱の社章「エヌイチ」が入っていた。同じデザインで日之出水道機器㈱の蓋もあるようだ。
 
 
 

東京都狛江市

こちらの蓋には市の花「ツツジ」がデザインされている。
 
 
 

東京都狛江市

こちらは市の木「イチョウ」がデザインされた蓋。
 
 
 

東京都狛江市

「狛」の字が入った蓋もあった。
 
 
 

狛江駅

狛江駅。小田急電鉄小田原線の駅で市の中心駅だが、停車するのは各駅停車と区間準急のみ。
 
撮影は2008年3月。
 
 
 
関連リンク
  ●マンホール博物館さん
  ●鯛の尻尾を奪い取れさん
  ●裏辺研究所さん
  ●どら焼き親父写真館さん
  ●悠紀’s缶さん
 



暗渠を辿る ~ 千川上水


千川上水

千川上水
 
都の花「ソメイヨシノ」、都の木「イチョウ」の葉と「メダカ」らしき小魚がデザインされている。中央には千川上水の紋章が入っている。この蓋は、現在は暗渠化されて地中を流れている千川上水の上を通る道路、具体的には板橋第一中学校裏に2枚と板橋高校南側の道に(少なくとも)2枚設置されている。
 
 
 

千川上水空気弁

こちらは巣鴨駅前に設置されている「千川上水空気弁・都北部公園」と書かれた蓋。水道局で使われている蓋と同じ形状をしている。千川上水の水は徳川綱吉の命により開削された直後から六義園へ供給されていたが、この蓋はその流路上に設置されたものだと思われる。「都北部公園」は、かつて六義園を管轄していた北部公園緑地事務所のことで、都立図書館のOPACで検索すると、北部公園緑地事務所は平成9年度まで存在しており、平成10年度には南部公園緑地事務所と合併して現在は東部公園緑地事務所になっていることがわかる。
 
以上のことから、この蓋は水道局ではなく建設局による設置ではないかと推測される。なお、千川上水の六義園への給水は昭和43年に停止されているため、この蓋はそれ以前に設置されたもので、また、現在は使われていないはずだ。この蓋の下にあったと思われる流路は、下水道台帳への記載もない。
 
 
 

巣鴨駅前

巣鴨駅前。右手前の蓋が「千川上水空気弁・都北部公園」の蓋だ。
 
この日はここから暗渠化された千川上水を辿って、豊島区要町にある千川親水公園まで蓋に注目しながら歩いてみた。
 
 
 

千川上水公園

上流へ遡り、千川上水調節池跡に到着。江戸時代には、ここにあった溜池で砂やごみなどを沈殿させた後、飲料水として下谷・浅草方面へ供給していたのだという。幕末には産業用水として王子方面への分水も開始され、昭和46年まで大蔵省印刷局抄紙部(現在の国立印刷局滝野川工場)へ給水されていた。現在は千川上水公園として整備されている。
 
 
 

六義園給水用バルブ

千川上水公園には、六義園への水の供給を制御していたバルブが現在も残っている。
 
 
 

千川上水分配堰碑

明治通りを挟んで千川上水公園の向かい側に残る、千川上水分配堰碑。この石碑は明治15年に設置されたもので、当時は重要な水利権であった千川上水の水利権を明確にするために設置されたのだそうだ。石碑の横には千川上水の紋章が入った蓋も見える。
 
 
 

千川上水

千川上水の紋章が入った古そうな蓋。この蓋については昭和59年に発行されたマンホールのふた 日本篇(林丈二 サイエンティスト社)に掲載されているが、その時点でもう泥が詰まっていて使われていない状態だったようだ。この大きさ(直径60cm程度)の蓋は滝野川6丁目と7丁目の境に4枚残っている。この辺りが暗渠化されたのは昭和3年とのことなので、この蓋はその際に設置され、大蔵省印刷局抄紙部への給水が停止される昭和46年まで使われていたものと思われる。
 
 
 

千川上水

こちらは大型の蓋。1枚だけ見つけた。
 
 
 

千川上水暗渠

他の蓋は道路の端に設置されていたが、この大型の蓋は道の真ん中に設置されている。現在は普通の道路となっているが、かつてはここに川のように千川上水が流れており、暗渠化された昭和3年からはこの道路の下を流れていた。
 
 
 

東京都

暗渠を辿ると、都章が入った蓋もいくつか見られた。通常、下水道局の設置する鉄蓋には下水道局紋章が用いられるが、この蓋には都章が用いられている。従って、この蓋は下水道局ではなく建設局が設置した千川上水に関わる蓋であると思われる。
 
 
 

千川上水  千川上水

千川上水の紋章が入った角蓋もあった。
 
 
 

現在の暗渠部分の終点

角蓋は板橋駅東口近くに二つ並んでいた。現在の千川上水跡を流れる水流の終点はここで、ここから谷端川放水路に合流して石神井川に放水されている。先に掲載した千川上水分配堰碑の近くにも角蓋が1枚残っているが、車の下になっていて撮影できなかった。
 
 
 

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埼京線の線路を越えて板橋駅西口に出ると、三角形の蓋2枚で構成された無印の大きな角蓋が見つかった。
 
 
 

千川上水暗渠

千川上水の暗渠上に設置されており、千川上水に関わる蓋ではないかと思われる。
 
 
 

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さらに千川上水を遡ると、東武東上線大山駅近くのアーケード内で都章の入った蝶番付きの大きな蓋が見つかった。この蓋も千川上水暗渠上に設置されており、千川上水に関わる蓋だと思われる。
 
 
 

千川上水水神様

途中、千川上水が開渠だった時期に発生した水難事故供養のために祭られた、水神様の祠があった。
 
 
 

東京都

こちらも都章が入った蓋だが、中央に穴が開いており、都章の足が短い。下水道局紋章ではないので、建設局の設置だと思われる。千川上水暗渠上にも下水道局設置の蓋はたくさんあったが、このように下水道局の設置ではないと思われる蓋も数多く見られた。
 
 
 

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こちらは下水道局の紋章が入った蓋。「伏越(ふせこし)」と書かれている。何気に珍しい。
 
 
 

伏越蓋のある風景

この蓋は千川上水の暗渠を挟むように2つ設置されている。
 
 
 

伏越図解

「伏越」とは、管路が河川や水路の下を横断する仕組みで、逆サイフォンとも呼ばれる手法だ。図で左側の下水管の水面は右側の下水管の水面より高くなっているため、一旦深い位置を流れた下水がそれよりも高い位置へ向かって流れることになる。石油ポンプに代表される通常のサイフォンでは液体は一旦高い位置を流れるが、「伏越」の場合は一旦低い位置を流れるため、”逆”サイフォンと呼ばれている。
 
ということで、この「伏越」の蓋も、ここに千川上水の暗渠があるという路上の目印のひとつだと言える。
 
 
 

千川親水公園

千川親水公園に到着した頃にはもう日が暮れていたが、珍しい蓋も発見できて満足な一日だった。
 
 
 
関連リンク
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  ●マンホール・下水・暗渠 ~rzekaの都市観察さん
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東京府巢鴨町


東京府北豊島郡巢鴨町

東京府北豊島郡巢鴨町(現 東京都豊島区)
 
町章と思われる紋章が入った蓋。巢鴨町は昭和7年10月1日に東京市に編入されるまで存在した自治体で、現在の豊島区東部、巣鴨・駒込を中心とした地域に相当する。
 
 
 

東京府北豊島郡巢鴨町

こちらは同じ紋章の入った丸い蓋。染井霊園内で撮影した。最近巢鴨町の蓋には縁があるようで、先日見学した蔵前水の館に展示されていたのをはじめ、複数の筋から現役の蓋の設置場所をご連絡いただいたりしている。感謝感激!
 
 
 

東京府北豊島郡巢鴨町

こちらも染井霊園に設置されている蓋で、縁石つきのものだ。
 
 
 

巣鴨3-9

巢鴨町角蓋のある風景。巣鴨3-9周辺に残っているが、最初の再発見がGoogleマップのストリートビューだったというのも特筆に価する。便利な世の中だ。
 
 
 
関連リンク
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  ●巣鴨町(路上文化遺産データベース)
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多摩湖 ~ 東京都東大和市


東京都東大和市

東京都東大和市
 
多摩湖こと村山貯水池の、「村山下第一取水塔」と「村山下第二取水塔」がデザインされている。
 
 
 

東京都東大和市

こちらは彩色されていない蓋。彩色された蓋とは細部や凹凸が異なっている。
 
 
 

東京都東大和市

こちらは市の花「ツツジ」がデザインされた蓋。
 
 
 

東京都東大和市

同じく市の花「ツツジ」がデザインされた蓋。上の蓋とは色づかいや細部が微妙に異なっているが、これは恐らく製造会社の違いによるもので、上の蓋は長島鋳物㈱、下の蓋は日之出水道機器㈱の製品だと思われる。
 
 
 

東京都東大和市

こちらは彩色されていない蓋。彩色された蓋とほぼ同じ凹凸だが、線が閉じていないなど細部が異なっており、別の鋳型で造られたもののようだ。
 
 
 

多摩湖

多摩湖周辺を散策。
 
 
 

多摩湖

先日の皆既月食の際には涙を呑んだが、この日は好天に恵まれ富士山もよく見えた。
 
 
 

取水塔東京都東大和市

蓋の絵と同じ構図を狙った写真。手前が「村山下第一取水塔」で、奥が「村山下第二取水塔」。(マウスカーソルを乗せると蓋の絵を重ねて表示)
 
 
 

東京都東大和市 東京都東村山市

隣接する東村山市の蓋にも「村山下第一取水塔」がデザインされているので比較をしてみる。東大和市の蓋(左)と東村山市の蓋(右)は、ほぼ同じ構図を採用していることがわかる。鉄橋の4番目の支柱と取水塔の右側の縁が重なっているところまで同じだ。しかし、東村山市の蓋には第二取水塔が描かれていない。実際にこの構図の風景を見ると、第二取水塔も描かずにはいられないと思うのだが、描かない東村山市のこだわりが謎だ。ちなみに、取水塔は両方とも東大和市の市域に設置されている。(多摩湖は全域が東大和市の市域)
 
 
 

西武ドーム

少し視点をずらすと中央に西武ドームが入る構図になる。
 
 
 

入り口

多摩湖入り口の門柱も取水塔をイメージした造りになっている。
 
 
 
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  ●東京都東村山市(駅からマンホール:2010/12/23)
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日本で一番美しい取水塔 ~ 東京都東村山市


東京都東村山市東京都東村山市

東京都東村山市
 
多摩湖こと村山貯水池の、「村山下第一取水塔」がデザインされている。
 
 
 

東京都東村山市

鉄筋コンクリート製の蓋にも「村山下第一取水塔」がデザインされている。
 
 
 

東京都東村山市

こちらは市の花「ツツジ」がデザインされた蓋。
 
 
 

東京都東村山市

市章が入った公共基準点の蓋。小さな制水弁の蓋と同じ大きさで、Ø100程度の大きさ。基準点の蓋でこのサイズのものは初めて見た。
 
 
 

新秋津駅

新秋津駅。武蔵野線の駅。この日はここから多摩湖まで歩いた。
 
 
 

徳蔵寺

徳蔵寺。代々の住職に収集癖があったようで、新田義貞の鎌倉攻めに纏わるという「元弘の板碑」(国の重要文化財)を含む様々な考古・民俗資料が収集されている。収集物が多量だったためか「ちらかし寺」とも呼ばれていたのだそうだ。別棟で立派な保存館まで建てられている(写真右の建物)。
 
 
 

久米川古戦場跡

久米川古戦場跡。この辺りは新田義貞の鎌倉攻めや南北朝時代の武蔵野合戦など、幾多の戦場になった場所だとされている。
 
 
 

八国山

八国山の元弘青石塔婆所在跡。徳蔵寺に保存されている「元弘の板碑」が元々はここにあったのだという。「元弘の板碑」は、実証性に欠ける部分の多いとされる「太平記」の物語を裏付ける重要な歴史資料だ。文化年間(1804~18年)に徳蔵寺へ移したとされている。
 
 
 

西武園ゆうえんち

西武園ゆうえんちが近づいてきた。
 
 
 

西武園ゆうえんち

西武園ゆうえんちがゴール。入場料無料だったけど、遊園地に入ってもなぁ・・・。
 
 
 

村山下第一取水塔東京都東村山市

というわけで多摩湖周辺を散策した。写真は蓋にデザインされている「村山下第一取水塔」。日本で一番美しい取水塔との触れ込みだ。(マウスカーソルを乗せると蓋の絵を重ねて表示)
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●東京都東村山市(駅からマンホール:2007/12/15)
  ●東京都東大和市(駅からマンホール:2010/12/23)
 



羽村取水堰 ~ 東京都羽村市


東京都羽村市

東京都羽村市
 
市営「羽村市動物公園」の「キリン」と、多摩川河畔にある根搦前水田で裏作として植栽されている「チューリップ」(はむら花と水のまつり)がデザインされている。
 
 
 

東京都羽村市

こちらは以前掲載したことがある、「羽村取水堰」と市の花「サクラ」がデザインされた蓋。今回は羽村取水堰を実際に見てきたので再掲した。
 
 
 

東京都羽村市

同じく「羽村取水堰」と「サクラ」がデザインされた蓋。
 
 
 

羽村駅

青梅線羽村駅の西口。東口側駅舎とは全く違った佇まいだ。
 
 
 

羽村取水堰

蓋にもデザインされている羽村取水堰と第一水門。多摩川から玉川上水への分岐点で、ここが玉川上水の源流になる。
 
 
 

羽村取水堰東京都羽村市

蓋の絵と同じ構図を狙った写真。(マウスカーソルを乗せると蓋の絵を重ねて表示)
 
 
 

羽村取水堰東京都羽村市

サクラが咲いていれば完璧。(マウスカーソルを乗せると蓋の絵を重ねて表示)
 
 
 

キリンとチューリップ

小作駅の観光地図に描かれた「キリン」と「チューリップ」。どちらも市のシンボル的存在のようだ。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●東京都羽村市(駅からマンホール:2008/11/28)
 



東京都清瀬市


東京都清瀬市

東京都清瀬市
 
市の木「ケヤキ」がデザインされている。
 
 
 

東京都清瀬市東京都清瀬市

汚水枡の蓋には謎のキャラクター。
 
 
 

東京都清瀬市

こちらは市の花「サザンカ」の絵がはめ込まれた蓋。
 
 
 

東京都清瀬市

さらに市の鳥「オナガ」の絵がはめ込まれた蓋。
 
 
 

東京都清瀬市

絵の部分がどこかに飛んでいってしまった蓋。
 
 
 

けやき通り

彩色された「ケヤキ」の蓋と、「サザンカ」・「オナガ」の絵がはめ込まれた蓋は、清瀬駅の北に位置するけやき通り(キヨセケヤキロード)に多数設置されている。けやき通りには野外ギャラリーとして彫刻作品も多数並んでいる。
 
 
 

東京都清瀬市

続いて市の花「サザンカ」がデザインされた側溝の蓋。
 
 
 

東京都清瀬市

市の木「ケヤキ」がデザインされた蓋。
 
 
 

東京都清瀬市

市の鳥「オナガ」がデザインされた蓋。
 
 
 

東京都清瀬市

市章が入った防火水槽の蓋。よく見かける蓋かと思ったが、初見だった。
 
 
 

清瀬市役所

清瀬市役所

こちらは、都章を冠し「清瀬市役所」の銘が入った上水道関連の蓋。空気弁と消火栓の蓋。
 
 
 

東京都水道局

こちらも上水道関連の大きな蓋。排水室の蓋。都章部分が彩色されている。
 
 
 

東京都水道局

東京都水道局東京都水道局

都内の上水道は、武蔵野市昭島市羽村市檜原村と島嶼部以外は全て東京都水道局がサービスを提供しているので、清瀬市の蓋にも都章が入っている。ただ、23区内では見たことの無いタイプの蓋が多数目に付いたので、地味な蓋だが一通り掲載してみた。
 
 
 

清瀬駅前の西友

清瀬駅

清瀬駅周辺の風景。前回来たときには建設中だったマンションも完成している。西友から清瀬駅に続く通路がカッコイイ。そしてやっぱり駅舎側の取って付けた感が素敵だ。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●東京都清瀬市(駅からマンホール:2007/12/15)
 



野火止用水 ~ 埼玉県新座市


埼玉県新座市

埼玉県新座市
 
市の木「モミジ」の葉がデザインされている。
 
 
 

埼玉県新座市埼玉県新座市

小型の蓋と中型の蓋。前回の記事のコメント欄で彩色された蓋が東武東上本線の志木駅前にあるという情報を頂だいたので、早速撮影してきた。
 
 
 

新座駅

新座駅。武蔵野線の駅。発車メロディには鉄腕アトムのテーマ曲が使われていた。この日はここから野火止用水を経由して清瀬までを歩いた。
 
 
 

鉄腕アトム

新座市には手塚プロダクションのアニメーション製作スタジオが立地しており、その縁から市は「鉄腕アトム」で町おこしを行っている。アトムには特別住民票も発行されており、登録日は2003年4月7日になっている(アトムの誕生日)。でも公式設定ではアトムは高田馬場生まれのはずだ。
 
 
 

新座駅南口公園

新座駅南口公園には、野火止用水をイメージしたという水路が整備されている。駅周辺の番地は新座市野火止となっており、野火止用水の名前の由来でもある。
 
 
 

野火止用水

史跡公園の端にある野火止用水の分岐点。左側が本流で、右側の分流は平林寺の境内へと続いている。野火止用水は江戸時代初期に造られた上水で、玉川上水から分水され、志木市を流れる新河岸川へと続いている。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●埼玉県新座市(駅からマンホール:2007/12/15)
 



東京府王子町


東京府北豊島郡王子町

東京府北豊島郡王子町
 
戦前に存在していた王子町の蓋。王子の「王」の字を「下水」の文字が取り囲むデザインの紋章が入っている。この蓋は王子本町2丁目で撮影したもので、周辺には11枚も残っていた。王子町は昭和7年に東京市に編入されているが、王子町下水道の起工は昭和3年、竣工は昭和17年とのことなので、実際に下水道の供用が開始された時には既に東京市だった可能性が高い。詳細は路上文化遺産データベースでご確認を。
 
 
 

東京府北豊島郡王子町

こちらも王子本町2丁目に残る角蓋。判別しにくいが、丸蓋と同じ紋章が入っている。偶然取り残された蓋のようで、希少性が高い。
 
 
 

東京府北豊島郡王子町

こちらも同じ紋章が入った丸蓋。この蓋は堀船3丁目のファミリーマート前に残っている。下水道展で頂いた資料G&U Vol.3(G&U技術研究センター 2008)にあるコラムによると、この蓋の紋章は他のものとは異なり、より早い時期に用いられたものではないかとの記述がある。
 
 
 

東京府北豊島郡王子町 東京府北豊島郡王子町

紋章部分の比較。左が王子本町2丁目、右が堀船3丁目の蓋。「王」の字の最後の画の反り返り具合が異なっているので、経年変化による違いではなく、確かに別の鋳型が使われているようだ。
 
 
 

黒猫さん

王子本町2丁目の風景。王子町の蓋は非常に細い路地に残っている。
 
 
 

東京都交通局8500形電車

王子駅近くで信号待ちをする東京都交通局8500形電車。
 
 
 

都電6080号

こちらは王子駅に隣接する飛鳥山公園に静態保存されている都電6080号。あらかわ遊園に静態保存されている都電6152号と同じ形式の車両で、前照灯が一つであることから「一球さん」の愛称で呼ばれていた。
 
 
 

青淵文庫

同じく飛鳥山公園に残る建造物、青淵文庫。重要文化財に指定されている。飛鳥山公園はもともと日本資本主義の父といわれる渋沢栄一が別荘(後に本宅)を構えていた地で、この青淵文庫も渋沢栄一の傘寿と子爵昇爵を祝って大正14年に建てられた。毎週土曜日に公開されている。
 
 
 

平和記念像

王子駅まで足を伸ばすと、どこかで見たような像があった。長崎の平和記念像を製作した彫刻家、北村西望が北区に居住していた縁から平成2年に設置されたのだそうだ。こういうの筆者の好みだ。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●東京府王子町(駅からマンホール:2007/11/03)
  ●王子町(路上文化遺産データベース)
 



森式装鉄コンクリート・ブロック ~ 東京府東京市


東京府東京市

東京府東京市(現 東京都区部)
 
東京都下水道局の旧紋章が入った蓋。この紋章はマンホールのふた 日本篇(林丈二 サイエンティスト社 1984)によると、明治44年10月26日告示の東京市下水改良事務所の紋章が由来とのことだ。さらに下水道局のページには、現在もよく見られるサクラ・イチョウ・ユリカモメのデザインの蓋は平成4年から使われているとの記述があるので、この旧紋章は明治・大正・昭和・平成と長い間利用されていたことになる。従って、この紋章だけから蓋の設置年代を推測することは難しい。因みに、現在使われている管理用の文字キャップ入りの蓋は、同じく下水道局のページによると、平成13年4月から使われているとのことだ。
 
ただ、今回この蓋で注目すべきは立派な蓋の外側の部分だ。これは「人孔縁塊」と呼ばれるものだ。当時の道路は簡易舗装や砂利道が多かったため、マンホールを補強する目的で設置されていたようだ。下水道展で頂いた資料G&U Vol.3(G&U技術研究センター 2008)のコラムに記述があり、それによると

東京市では道路課も下水課も昭和4年から60cm用の人孔縁塊を使用していた。マンホールに縁塊をつけたのは、簡易舗装の道路か砂利道であったため。東京市芝區田村町にあった明工舎の森勝吉さんが考案したものといわれ、当時の名称は「森式装鉄コンクリート・ブロック」といい、実用新案品だった。

とのことだ。戦中には鉄が不足したはずだし、戦後に作られた道路はまともな舗装になっているので、この蓋は昭和4年から開戦直後あたりまでの短い間、東京市の時代に設置されたものだと思われる。
 
 
 

人孔縁塊

人孔縁塊のある風景。この蓋は駒込駅前の細い路地で見つけた。ここには2枚残っていた。他にも数は少ないが、都内北部(豊島区・北区・荒川区など)に幾つか残っているようだ。
 
 
 

眞性寺

散歩の続き。東部下水道町村組合の蓋は見つからず、巣鴨まで来た。写真は江戸六地蔵尊のひとつ、地蔵菩薩坐像が安置されている眞性寺。
 
 
 

高岩寺

続いて「とげぬき地蔵」で有名な高岩寺。おばあちゃんの原宿こと巣鴨地蔵通商店街は、いつ来ても活気に溢れている。
 
 
 

洗い観音

本尊のとげぬき地蔵尊は非公開だが、「洗い観音」が境内に立っており、観音様を洗うための長い行列ができている。AEDが設置されている寺というのも珍しいかも。
 
 
 

巣鴨地蔵通商店街

巣鴨地蔵通商店街の庚申塚側の入り口。明暦3年(1657年)と刻まれた庚申塔があり、猿田彦大神が祀られている。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●東京市電氣局(駅からマンホール:2010/07/13)
  ●東京都区部(駅からマンホール:2007/07/22)
  ●夢の入口でさん
 



駒込駅前謎の蓋 ~ 東京都豊島区


東京都豊島区

東京都豊島区
 
いろいろとコメントに困る蓋。まずデザインが謎。卵から芽が出ましたの図と、それを両手で抱えてみましたの図。
 
次に用途が謎。
 
 
 

特455-2

蓋の脇には「特455-2」の立て札が意味ありげに置かれていた。「455-2」ということは、このような蓋なり設備なりが少なくとも455箇所はあるということだろうか? しかしこの蓋はここ以外で見かけたことがない。
 
 
 

駒込駅前

この蓋は駒込駅前、正確には東京メトロ南北線駒込駅の4番出口前、旧駒込橋の欄干が保存されている植込みの端に設置されている。設置場所から東京メトロの設備ではないかと思われるが、やはり謎の蓋だ。
 
 
 

駒込駅

駒込駅。「山手線の中にあって季節になるとツツジが大変すばらしい駅」として関東の駅百選に選定されている。この日はここから六義園を回り巣鴨・王子へと足を伸ばした。
 
 
 

六義園

六義園。紅葉も見頃を過ぎたようだし、この日は別の探し物(東部下水道町村組合の燈孔蓋)もあったので、今回は入園せず。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
 



11,766,000m ~ 東京都


東京都

東京都
 
「カエル」を中心に、「1987 SEWERAGE in TOKYO … 11,766,000m … TOKYO to MIAMI」と書かれている。「カエル」がいるのはマンホールの中だろうか?
 
それはそうと、東京の下水道の長さが東京からマイアミまでの距離と同じだといわれても、凄いのかどうなのかよくわからない。
 
 
 

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こちらはさっきの「カエル」と「東京の下水道」とだけ書かれた蓋。
 
 
 

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こちらは英語で「SEWERAGE in TOKYO」となっている。
 
 
 

ゴジラ像

蓋の設置されている日比谷シャンテとその周辺は、もともとは日比谷映画劇場とニュー東宝シネマのあった場所で、日比谷シャンテの正式名称も東宝日比谷ビルという。そのためか広場にはゴジラの像も設置されていた。以上、撮影は2009年2月。
 
 
 
関連リンク
  ●東京都(港湾局)(駅からマンホール:2010/11/03)
  ●東京都(消火栓)(駅からマンホール:2008/12/05)
  ●東京都(測量点)(駅からマンホール:2008/03/08)
  ●日本電信電話株式会社(日比谷シャンテ周辺)(駅からマンホール:2009/10/23)
  ●武蔵野・多摩 MTB散歩さん
  ●信楽蛙さん
  ●日比谷シャンテ前のゴジラと手形さん
  ●鯛の尻尾を奪い取れさん
  ●マンホール友の会さん
 



東京都稲城市


東京都稲城市

東京都稲城市
 
市の木「イチョウ」の葉がデザインされている。紅いイチョウの葉はちょっと違和感があるけど。
 
 
 

東京都稲城市東京都稲城市

こちらは彩色されていない蓋。彩色されたものとは凹凸が逆になっている。以上、撮影は2008年3月。
 
 
 

稲城駅

稲城駅。京王電鉄相模原線の駅。(† ウィキメディアより取得。作者:Chabata k、利用許可:GFDL)
 
稲城市をほとんど知らない人に聞いたら「ああ千葉にある」と言われ、ちょっと知っている人に聞いたら「ああ、川崎の」と言われ、よく知っている人に聞いたら「神奈川にあげる」と言われてた。ちょっと悲しい。
 
 
 
関連リンク
  ●東京都稲城市(駅からマンホール:2011/02/19)
  ●公共下水道の役割(稲城市ホームページ)
  ●全国カラーマンホールマップ(ワイワイマップ)
  ●鯛の尻尾を奪い取れさん
  ●悠紀’s缶さん
  ●マンホール友の会さん
  ●Digital House♪さん
 



東京都港区


東京都港区

東京都港区
 
区の花「ハナミズキ」がデザインされている側溝の蓋。
 
 
 

東京タワー

港区ということで東京タワー。
 
 
 

増上寺

ベタベタな観光写真。
 
 
 
関連リンク
  ●この日の管理人のつぶやき(Twitter)
  ●東京都港区(芝浦分讓地)(駅からマンホール:2010/11/03)
  ●東京都港区(竹芝通り)(駅からマンホール:2008/12/05)